望んだ時間

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 よく晴れたある朝。

 慣れた手つきで朝食の用意、洗濯、などといった

 家事をやる学生服を着込んだ少年がとあるマンションの一室にいた。

 
 名を碇シンジといい、エヴァンゲリオンと呼ばれる決戦兵器のパイロットだった人物だ。

 
 しかしそれも一年前の話。

 サードインパクトという悲しい出来事が終わりにあったが、人々は還ってくることができた。


 ある種、シンジは救世主という立場にあるのかもしれない。   
 
 しかし彼の体験した出来事は、他人にとっては計り知れない物だ。

 
 
 実の父親に呼ばれた日に乗せられたロボット。
 
 未知なる生物との戦い。

 人の事をいろいろな目で見る世間。

 そして親しい人の死…


 
 そのようなものを直に味わってきた。

 しかし、今の彼を見てみるとどうだろう。

 そんなものとは無縁な清々しい笑顔を浮かべている。

 見ている者も幸福にしてくれる様な、実に少年らしい笑顔が浮かぶのだった。

 

 鼻歌を歌いながら家事をしていくシンジ。

 しかしどうだろうか、未だ中学生のシンジが家事をするというのは…

 まぁ仕方ないといえば仕方ない事。

 
 去年ここ第三新東京市に来て住む事になった葛城家。

 そこの家主、葛城ミサトは極度の家事音痴にして味音痴だったのだ。

 そんな人に家事を任せたら命がいくつあっても足りない……

 と、いう事でシンジは自分から家事を始めたのだった。

 今では二流のシェフなんか目ではないほどの料理の腕前に到達している、と周りは言うほどだ。

 

 

 シンジは弁当の用意も一通り終えたのか、

 キッチンにおいてある椅子に座ると、ぼんやりと時計を眺めた。

 現在の時刻7:00

 そろそろもう一人の同居人を起こさないといけない時間だろうか。

 そう思うとシンジは少し疲れを感じた体に鞭を打ち、椅子から立ち上がった。

 
 「はぁ……そろそろアスカも一人で起きてくれると助かるんだけどな…」





 惣流=アスカ=ラングレー、それがシンジと一緒に暮らしているもう一人の同居人だ。

 彼女もシンジと同じくエヴァンゲリオンのパイロットだった。

 既に過去形なのはエヴァが存在しないからなんだが…

 同居というかほとんど同棲気分のアスカなんだがシンジはそう思っていない事はアスカも承知していたりする。

 そんな悲しい自分に涙しながらも、

 シンジは自分一人の事だけをよく聞いてくれる。

 それは周りにはそんな人物がいないのでそれについては幸せだったりする。

 
 (そろそろシンジが起こしに来る時間よね…)


 枕元に置いてある時計で、アスカは時間を確認する。

 最近、寝坊…というか学校に遅刻しないようにとシンジが起こしてくれるようになったので、

 それがアスカには堪らなく嬉しいものだから、狸寝入りして起こしてもらっているのだ。

 わざと布団を深く被り直して、シンジを待つ。


 (さあシンジ、いつものように優しく起こしに来なさい……)


 赤き策略家、ここにあり。

 シンジが何時来てもいいようにスタンバイする。

 


 ………………




 だが無情にも時は静かに過ぎていく。

 部屋にある音は愛用している目覚まし時計の秒針の音だけだ。


 (おかしい、いつもならもうとっくに起こしに来てる筈なのに…)


 上半身を起こして、シンジが来るはずの扉を見つめる。

 見つめるだけで、何も事態は変わるはずはない。 

 静寂…

 アスカにとって苦痛の時間が過ぎる…

 既に手元の時計では7:25だ…

 これ以上過ぎてしまうと、身だしなみをきちんと整えないまま登校する事になる。

 それだけは避けたかったりするのだが…


 (遅い遅い遅い遅い〜〜!!)


 堪忍袋の緒が切れた。

 アスカはすっかりご立腹だ。

 どんなことを強要してやろうかと、アスカの優秀な頭脳に鍵が回され、アクセル全開になる。

 それも大事だが、もしかすると遅刻を覚悟しなければならない。

 それだけは避けたいのだが……



 コンコン



 急に扉を叩く音が聞こえてきた。


 『アスカ〜、そろそろ準備しないと遅刻するよ〜』


 なんと今更ながらシンジが呼びに来たのだった。

 文句を言うためにベッドから身を起こして迎えてやろうかとも考えるが、

 やはりシンジに起こしてもらいたいという気持ちもあるので、再び布団を被る。
 

 『……起きないなら入るよ〜』


 いつもの事なのか、シンジは「失礼しま〜す」と小声で言うと扉を開けてアスカの部屋へと入ってくる。

 シンジはさほど広くないアスカの部屋をまっすぐ進むと、ベッドの横に立つ。

 さほど広くないといったが、シンジの部屋はもっと狭かったりするのだが…

 
 そんなことはさておき、

 シンジはアスカのいるベッドの隣に立つと、
 
 早速布団を被って寝ているアスカに手を置き、揺り起こそうとする。


 「アスカ、いい加減起きないと遅刻するよ!」


 シンジもいい加減頭に来たのか声を強めて起こす。
 
 アスカは布団の中でシンジを責めるようなことを考えていたりするのだが…

 ここでそんな事を言ったら起きていた事がばれてしまう。

 あくまでも冷静に、かつ自然に起きたことを装わねば。


 「…ん、んあぁ……シンジィ… もう朝なのぉ?」


 あたかも今起きたかのように、眠いですといった雰囲気を醸し出しながらアスカは身を起こす。

 その右手で目をこすりながら。

 寝ぼけた振りをしながら手元の時計を左手でアスカは掴むと自分の前へと持っていく。

 時計を見たら時間は現在7:30…

 …………………!!


 「ちょ、ちょっとシンジ!

  もうこんな時間じゃないの!!

  こんな時間からシャワー浴びて、朝ごはん食べて、準備したら完全に遅刻じゃない!

  もし私が遅刻なんかしたらイメージ崩れるじゃないのよ!!」


 アスカはシンジの肩を勢いよく掴むとグラグラと揺らしながらシンジに向かって叫ぶ。

 なんて自分勝手な理由だろうか。

 ていうかイメージ作りなんかしてたのか!? 

 しかしシンジは冷静に答えるのだった。

 もちろん肩は揺らされ続けたままだ。

 
 「アスカ、いつも通りの時間に起こしてるけど……?」

 「えっ?」


 その言葉にシンジの肩を掴んでいた手を離すと、再び時計へと目を移す。

 しかしそこに表示されている時間は7:32…

 アスカは時計を鷲掴みにすると、シンジの前に突き出す。


 「この時間をどうやってみたらいつも通りだって言うのよ!

  明らかに遅いじゃないのよ!!」


 シンジは突き出された時計を見ると「またか」といった感じでため息をつくとアスカに言う。


 「アスカ、この前自分で時計の時間30分早くしたの忘れたの? 

  一昨日も確かこういうやり取りしなかったっけ? 確かその前にもあったし……

  それにちゃんとそのとき言ったよ、時計直しておいてね、って…」

 「あ……」


 よく思い出せばその通りかもしれない。

 確かシンジに早く起こしてほしいからとかいって時計を早くしていた気も…

 ……策士策に溺れる

 自分の失態に顔を赤くしていくと手元にあった枕をシンジに向かって投げつける。

  
 「そ、そんなこと分かっていたわよ!

  もう起きたからさっさと出て行って!!」

 
 起こしに来てもらった人に言う台詞だろうか。

 罵声としか考えられないようなその台詞にシンジは慣れた様子で苦笑しながら部屋から出て行った。

 部屋に残されたのは顔を未だ真っ赤にしているアスカのみ… 

 先程シンジに言った台詞を思い返し、大きく溜息を付くのだった。









 


 



「ぷは〜〜〜、やっぱ目覚めの一杯はいいわねぇ〜」

 「何言ってんのよ、あんたはビールさえあればそれでいいんでしょ。」


 えびちゅを片手にお決まりのセリフを放ったのはこの家の家主、葛城ミサト。 

 相変らずズボラな格好で、タンクトップでホットパンツという格好だ。

 果してこんな人物が家事なんて出来るのだろうか…

 と、そんな問いかけを出す以前にそんな事は出来ないのがこのミサトという人物だった。

 なんと言う事か、シンジがこの家に来る少し前にミサトもこの家に入居したのだが、

 シンジが来る数日間の間に家は腐海の森状態。

 そしてシンジが最初に来た日に食べた物は帰りにコンビニで買ったレトルト食品や惣菜…

 後日ミサト自身が作ったカレーはインスタントながら毒物へと変化する始末だった。

 それのお陰で今のシンジがある訳なんだが… 


 「シンちゃんの料理はビールにピッタリなのよね〜」

 
 そんな事を言いながら、ミサトはテーブルの上にある朝食に箸をのばす。

 アスカはそのミサトの様子見ながら少しだけ溜息をつく。

 ちなみにテーブルの上に在るものは純和食といっていいものだ。

 魚に白飯にお味噌汁。

 ほうれん草のお浸し付だ。
 
 
 そんな料理を作ったシンジはテーブルに座っていない。

 なぜなら昼食となる弁当を作っているからだ。

 
 「シンちゃ〜ん、早くしないと全部食べるわよ〜」

 「はいはい、今そっちに行くから大丈夫ですよ。」


 赤いバンダナで包んだ弁当箱を筆頭に合計4つの弁当を手にやってきたシンジ。

 テーブルにあるイスに座ると手を合わせて「いただきます」と一声言う。

 シンジは今食べ始めた所だが、アスカとミサトはもう既に終っていたりする。

 だったら二人共準備をしろよ、みたいな感じなのだがいつもの事なのでシンジは2人に見守られながら食事をする。 

 
 「ミサトさん、弁当作って置いたので忘れずに持って行って下さいね。」


 毎日作っているのに、

 ミサトは偶にシンジの作った弁当を忘れることがあったりするのだ。

 それを危惧したシンジは一応ミサトに向かって言う事にしている。

 一見どっちが保護者かわからない発言の様な気もするけど…


 さて、先程シンジは4つの弁当を手にしていたがこの家に住んでいる人数は3人。

 確かにもう一人の住民としてペンギンのペンペンがいるわけだが、賢いので別に魚を用意しておけば勝手に食べるのだ。

 なら青いバンダナで包まれたもう一つの弁当は……?


 「シンちゃん…この弁当は?」

 
 シンジが毎日毎日作っているのだが、

 ミサトはこの弁当を誰が食べているのかは知らない。
 
  
 「これは………いえ、なんでもありませんよ。」


 シンジは何かを言おうとして、

 でも何か物悲しそうな笑顔を浮かべながらミサトに返事をするのだった。

 そんな笑顔を見た2人は、何も言えないのだった…

 暫らくしてからアスカとシンジは家を出て行った。

 


 












 
 朝の教室は騒がしい。
 
 SHRが始まるまでの時間、要するの登校してこなければいけない時間なんだが、

 既にシンジ、アスカは教室にいた。

 シンジはアスカ命名の通称二バカ、鈴原トウジと相田ケンスケの二人と話していて、

 アスカは親友のヒカリと話している。

 悲しいことかシンジとアスカ、どちらも人当たりは悪くないのだがいつも同じメンバーと一緒にいるので、

 他の連中とは殆ど話していないのだ。

 まぁそんなのはどうでも良かったりするのだが…

 
 「そういやシンジ、昨日のあのテレビ見たか?」


 そんな他愛のない日常会話をしながらシンジはトウジの左足に目を移す。

 フォースチルドレンとしてEVA参号機に乗ったトウジは、

 参号機ごと使徒に乗っ取られ、そのときの後遺症で左足を義足にしなければならなかった。

 その使徒を倒したのはダミープラグを使用したとはいえシンジの乗る初号機だったのだ。

 シンジは親友を傷つけたということで負い目を感じ、何度も謝ったのだ。

 しかしサードインパクト後、トウジの左足は存在していたのだ。

 再開を喜ぶ気持ちと、左足が再び戻ったということでシンジは泣いてしまった。

  
 今では何の障害もなく運動することにも何も影響はない。

  
  
 やがて全国共通なのだろうかと思わせる、チャイムの音が流れ始めSHRの始まりを告げる。

 
 「じゃあシンジ、また後でな。」


 担任が来る前に席に戻る二人にシンジは小さく手を振る。

 シンジが一つ息を吐いたのと同時にガラッ、という音を立てて教室の前のほうの扉が開かれる。

 入ってきたのは老教師だが、紛れもないシンジ達のクラスの担任だ。

 
 「起り〜つ。」 

 
 担任が教卓に着くのを確認するとこの学級の委員長であるヒカリは号令をかける。

 
 「礼。」


 さあ、学校生活が始まる…







 





 

 授業も早4時間目。

 いつものように過ごしていくので問題は無い。

 シンジは関係の無いセカンドインパクト後の自分の話をしている老教師の話を聞かずにクラスのみんなを見ていた。

 近くの席の友達と話している人、寝ている人、なんかよくわからない行動をしている人…

 前から順番に見ていく。

 ちなみにシンジは窓側から2列目、前から4番目だ。

 ふと気になったのでシンジはトウジのほうを見てみる。

 ……やっぱり寝てる。

 トウジの隣はヒカリで、トウジを起こそうと躍起になっているようだ。

 ケンスケのほうを見ていると机にある端末で何かをやっている。

 時々その画面のほうを見ながら笑っているのが本当に怪しい。

 周りの皆も引いているじゃないか…

 
 シンジは最後の一番窓際の席、自分の隣を見た。

 クラス替えはなかったのでクラスの顔触れは変わっていない。

 何回かの席替えを経て隣になったこの席。

 しかしこの席には誰も座っていない。

 3年になって一度も座られることのない席。

 シンジは授業が終るまでの間、じっとその席を見つめ続けるのだった…

 自分を見つめる蒼い瞳に気付かないで…









 「さぁメシやメシ!

  シンジ、屋上に食いにいかへんか?」


 4時間目の授業を終わりを告げるチャイムと共に眠りから覚めたトウジの第一声がこれだ。

 いつもの事なので誰も気にしない、むしろこれが日常だといわんばかりに。

 隣の席のヒカリは疲れたといった感じに肩を落としている。

 
 「うん、いいよ。

  ケンスケは購買で買ってくる?」

 「あぁ、先に行っててくれよ。」


 ケンスケはそういうと教室を出て行った。

 シンジは鞄から自分の弁当と赤いバンダナで包まれた弁当ともう一つ弁当を取り出した。

 アスカはさも当然といった感じにシンジのところに向かった。


 「シンジ、弁当!」


 いつもの如く口調も強めてアスカはシンジにいう。

 それも慣れた事なので苦笑しながらアスカに弁当の包みを渡す。

 その様子を羨ましそうに見つめるいくつもの視線が…

 アスカは何も言わずにシンジの手から弁当を受け取ると身を翻してヒカリの所へ向かう。

 
 「ヒカリ、一緒に食べよ。」

 「いいわよ。」


 何もかもも変わらない日常に身を任せる。

 シンジはいつものように余らせた弁当の処置に困り始めた。

 
 「何やシンジ、また食いもせんと余分に持って来たんか?」

 「う、うん…」


 その瞬間、待ってましたといわんばかりに周りが殺気立つ。

 あっという間にシンジの周りはクラスの人でいっぱいになる。

 目標はシンジがいつも余分に持ってくる弁当。

 シンジの料理が一般主婦のレベルを超えているのはクラスの人なら誰でも知ってる事なので何時も集っているのだ。

 それに加えてシンジは女子の評判がいい。

 時折見せるシンジの笑みは見る者を幸福にさせる力を持っている。

 実際の話しどんな力だっていう事なんだけどね…

 それは置いておいて、シンジの弁当は希少価値が高いというわけだ。

 だからこの日も一気に集まってくることになったのだ。

 
 たった一つの弁当を求めて今日は俺の番だろ、いや昨日お前だっただろ、私に頂戴よ……

 と様々な声が激しく飛び交っている。

 このままここにいるとシンジ自身が昼食を取ることができないので、一言告げて立ち去ることにする。


 「あの……食べた弁当は机の上においといてね、じゃ…」

 
 聞いているのかどうかもわからない状況に苦笑しながら、シンジとトウジは教室から出て行ったのだった。

 ちなみにアスカとヒカリはそんな騒がしい教室で今日の放課後の話をしているのだった。


















 と、そんなこんなでこの日の授業は終了した。

 昼の時点で光と約束をしているアスカはシンジのところへ向かって今日のこれからを伝える。

 
 「シンジ! これからヒカリと帰るから先に帰ってていいからね!」

 「うん、分かったよ。」


 アスカはそのままじゃ〜ね、と言うかのように手を振るとヒカリと二人で教室を出ていった。

 シンジはそれを静かに見送ると今日の夕飯の食材でも買いに行こうかと鞄を手に席を立つ。


 「シンジ、ゲーセン行かへんか?」


 トウジとケンスケが一緒にシンジを誘いにやってきた。

 どうやらこの二人はこれから暇のようだ。

 シンジが向かう先は商店街、ゲーセンがある場所もそう変わらないので二人の誘いに乗る事にした。

 他愛のない日常、これがシンジの望んだ世界なのだろうか…



















 「あんまり酷いことばっかり言ってると、碇君に嫌われるわよ」

 「べ、別にいいわよあんな奴!」


 学校も終わり放課後。
 
 アスカは昼間約束したヒカリと喫茶店にやってきていた。

 一体何を話すのかとアスカは思っていたが、いつもの如く言われるのはシンジのことだった。
 
 確かにアスカはシンジに好意を抱いているとアスカ自身も思っている。

 しかしシンジがアスカに対してどれだけ優しくしてくれても、

 素直になれないアスカが感謝の言葉を言えないという日々を過ごしている。

 それは学校生活でも現れていて最近周りからは「シンジが可哀相」といった声も増えてきている。

 しかしシンジはそんな周りの言葉も気にしないでアスカに優しい行動と言葉を掛けてくる。

 
 「そんな事言ってていいの?

  シンジ君、皆に人気あるんだよ?

  うちのクラスの女子も何人シンジ君の事狙ってるか分からないし…」

 「そ、そうなの!?」


 ヒカリはそんな周りにも気を止めないアスカの発言に対し、控えめにため息をつく。

 きっと気づいてないのはアスカと碇君だけだろうなぁ、とか思っていたのだろうけど… 


 「ほら、碇君っていつも余分にお弁当持ってきてるじゃない?

  自分で食べるわけでもないからいつも皆にあげてるじゃん、勿体ないから〜って」

 「あれってシンジがあげてるのかな…

  むしろ皆が強引に取っていってるように見えるんだけど…」

 
 昼放課に起こっている出来事を思い返しながらアスカが言う。
 
 確かにあの騒ぎだったら、シンジが上げているよりも弁当争奪戦といったほうが似合うかもしれない。

 本当は順番も決められているらしいのだが…

 完全に争奪戦になっている。 

 
 「まぁそんな事はどうでもいいわ、いいアスカ?

  同居してるんだから貴女が一番有利なはずよ、しっかりアタックして行かないと…」

 「そんな事言われても……

  だったらヒカリ、アンタも鈴原との関係をどうにかしなさいよ!」
 

 お返しとばかりにアスカはヒカリの想い人の名前を出す。

 その名を聞いた瞬間、ヒカリは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 普段ならそこで惚気話(のようにアスカは感じる)を聞かされるのだが…

 しかしヒカリは俯いたまま、何か言いたそうにもじもじとしているのだが勇気がないのかなかなか言わない。

  
 「ちょっとヒカリ、なんかあの馬鹿にやられたの!?」

 
 普段の調子とはまるで違うヒカリに、アスカは思わず慌ててしまう。

 ヒカリは俯いたままだが小さな声で語り始めた。


 「私、最近鈴原に弁当作ってあげてるじゃない…

  それでお礼がしたいからって今度の日曜日……デ、デートすることになったの。」


 てっきり何か酷いことを言われたと勘違いしていたアスカは、

 その小さく聞こえてきた独白に安心することができた。

 シンジは一回でもそんなこと言ってきただろうか…

 そんな事をふと思いながら、からかいの意味も込めて話していくのだった…

 








 














 「………いいなぁ、デート…私もシンジと……」


 アスカはヒカリと喫茶店を出て、その後すぐに別れた。

 散々喫茶店でヒカリに弄ばれたアスカはぶつぶつ言いながら帰宅している。

 傍から見ると怖い存在でしかなかったりするのだが…

 
 日は既に傾き、影の長さも随分と長くなっている。

 太陽により赤く照らされている、コンフォート17の入り口を入っていく。

 いつもならエレベーターを使うのだが、

 二つあるエレベーターのどちらも上のほうに行っている為、待つのが面倒だとアスカは思い階段を上っていくことにした。

 今日の夕飯は何かな〜、と気分もいい感じで上ってく。

 アスカの住む部屋は6階にあるため少し上っていかなくてはいけないのだが、

 考え事をしていると意外とそんなものは苦にならなかったりする。

 
 ……………


 もう少しで6階までの長い階段を上り終えることができる、後は曲がって少しすれば部屋に着く。

 さぁ、もうすぐシンジにも会える。

 そう思うと自然に気持ちも高揚していく。

 その所為か少しばかり階段を上るペースも速まり、一段飛ばしで上がっていく。

 あと少し、あと少し…!

 

 










 長い階段を上り終え、最後の一歩を踏み出すと踏み出した足を軸にして体を右方向へと向きを変える。

 住んでいる部屋はエレベーターのすぐ近くなので階段からもさほど遠くない。

 だから玄関前はこの場所からでも分かる。

 その目的の場所には見覚えのある学生服姿の少年が。

 手には買い物帰りなのかスーパーの袋を持っている。

 アスカはその少年か誰かすぐに分かったので声を駆け寄ろうとする。


 「シン………!!?」


 言いかけていた相手の名前を止めた。

 何が起こっているのかアスカ自身も理解できない。

 いや正確に言うと理解しようとはしなかった。

 シンジは持っていたスーパーの袋をその場に落とすと一歩前に進んだ。




 そして……

 
 シンジの背中に……


 夕陽により赤く染められた腕が……


 回されたのだった……


 そしてシンジの肩には、蒼い髪の少女の頭が乗せられた…



 アスカの目が大きく見開いていく。

 見たくもない物を見たかのように。

 それでも二人から視線を外す事はできない。 

 シンジと誰かが抱き合っている、ということをアスカには理解できなかった。

 今までどれだけ自分を曝け出しても一行に何かしてこようとはしなかったシンジが抱き合っている。

 そんな現実を認められるだろうか。 

 
 二人は静かに抱き合っている。

 アスカは動くこともせずに二人の様子を見つめている。

 しかし、アスカはその瞬間、その身を凍らせた…


 彼女の持つ…

 紅い瞳が…

 アスカの瞳を見ていた…

 
 
 ドサッ

 
 
 何かが落ちる音が聞こえた。

 
 

 そんな音にも気づかないのかただ呆然とアスカはその少女を見ている。 
 
 しかしアスカはその瞳を見続けることができなかった。

 目を背けたかった。

 だから身を翻し、上ってきた階段をものすごい勢いで下りていく。

 見たくもなかった現実に背いて…




 それを見届けた蒼い髪の少女は、もう離さないというかのように、

 シンジをいっそう強く抱きしめるのだった…









 おわり??











 後書き(?)

 久しぶりのEVA小説です。

 そして一人称じゃないという…

 正直言って疲れました。

 
 今回の作品、場面が変わるところ、というか時間の繋がりが殆どありません。

 全部書いてるととんでもない事になりそうだったから…

 
 続編は一応考えていますが、まぁそれは反応しだいという事で。

 
 ということで、今回はこの辺で…





 

 


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