〜 R 〜

BACK NEXT TOP


中章






 〜 R 〜 中章

 BY ゴ〜ヤ





 第二東京市の大通りをシンジは、チェロのケースを手に持ちながら歩いていた。


 シンジはいつも同じ場所でチェロを弾いていた。

 大通りの隣接してある公園で弾いているのだった。

 この日は週末という事もあり家族連れの人たちが結構いた。

 
 シンジはチェロの調律を始める。

 調律を終えるとシンジは曲を弾き始める。

 バッハの無伴奏チェロ組曲...あの時にアスカに聞かれた曲を。

 
 家族連れの人たちはシンジの演奏を聴かない様にしているのか全くの無視である。

 やがて、シンジが弾き終わる頃に一組の家族が話している会話が聞こえてくる。


 「ねぇママ、この猫変だよ。」

 「ほんとねぇ、なんでしょうねこの毛の色といい目といい。」


 やがて子供達が輪を作り猫にちょっかいを出し始める。

 猫は、何をするわけでもなくただ耐えているようであった。

 

 日が落ち始めると一人、また一人と猫の周りから去っていく。

 しばらくすると、公園に残ったのはシンジとその猫だけになったのだ。


 だがシンジには猫ではなくある少女の姿が見えたのだった。


 「あ、綾波...」
 

 しかしそれは一瞬の幻だったのか、やはりただの猫であったのだ。

 シンジはその猫に近づいて行った。

 別にそうたいした反応を示すわけでもなくただシンジを見つめる一対の目。

 その瞳は紅かった。


 確かに猫にしては珍しいであろう。

 毛の色は青、というよりも蒼銀に近いであろう。
 
 人はこのような生き物をアルビノと呼ぶ。

 シンジはかつて同じ様なアルビノ少女と一緒に戦っていた。

 ファーストチルドレン、綾波レイ。

 碇ゲンドウ、自分の父親により作られたクローンであった少女だ。

 しかし彼女は、サードインパクトにより消えてしまった。

 そして今も還って来ない...


 まさに、シンジが見ている猫はレイにそっくりであった。

 容姿や雰囲気まで。

 シンジその猫を抱きかかえようとする。

 しかし猫はシンジの腕から綺麗逃げる。

 そしてそのまま走り逃げる。

 シンジはしばらく呆然と逃げていく猫を見ていたが何故かその猫が気になったので追いかけていった。

 
 シンジは感じていた。

 あの猫は自分と同じ物を背負っていると。
 
 そして自分がかつて逃げていった孤独へと...


 猫はなぜかシンジが追いかけてくるのを待っているかのように所々で止まって後ろを振り返る。

 まだ追いかけて来ているのを確認するとまた走り出す。

 
 右へ左へ、猫はあちらこちらへと曲がっていく。

 
 「ハァハァ...」

 
 シンジの息が段々と上がって来る。


 やがて猫は待っているかのように立ち止まる。

 直ぐ目の前は壁になっている。

 要するに逃げられない状況、というわけだ。

 だがそれは人間の場合であって猫はそうでもない。

 逃げようと思えばシンジの横をすり抜けるなんて造作でもない事だ。


 暫らくするとシンジがやってくる。


 「ハァハァ...や、やっと、追いついた…」

 
 シンジは前屈みになりながら呼吸を整える。

 そして落ち着いたところで猫を見つめる。


 かつて見た神秘的な瞳と全く同じである。

 シンジは再び猫を抱き上げる。

 不思議な事に今度は逃げようとはしなかった。

 
 シンジが猫を抱き上げると猫は顔をシンジの胸へとうずめる。

 それをシンジは優しく撫で続ける...

 
 「綾波...」


 この猫を見たときからずっと考えていた。

 アスカを思うことにより忘れようとしていた存在の事を。

 しかしこの猫が持つ『孤独』というオーラがひしひしと伝わってきた。

 それが自分とレイに似ている事を...

 
 シンジはその猫を家へ連れて行くことにした。

 よく見ると所々怪我をしているようだ。

 この容姿の所為か散々酷い事をされてきたのであろう。

 罵られ、悪魔の化身を言われてきた自分と同じ様に...


 



 シンジは猫と暮らし始めて二度目の冬を過ごす事になった。

 その間、シンジはそれまで通りに公園にチェロを持っていくと弾く、ということを繰り返していた。

 ただ、その近くには猫の姿が見られるようになっただけであった。

 チェロの音色が好きなのか、シンジが弾き出すと猫はチェロの前で眠るのだった。

 まるでたった一人のお客さんのように...

 
 シンジは猫に名前を与えた。

 その姿と雰囲気等から、かつての戦友からとり『レイ』と名付けた。

 レイは、シンジの傍を離れる事は無かった。

 何時もシンジの足元にはレイがいた...

 端から見ると凄く飼い主に懐いているペットにしか見えない。

 街の人々は少しづつだが彼等に偏見の眼差しを向ける事は少なくなっていった。

 だが、シンジの暮らしは悪くなっていくのであった。


 今までシンジはパイロット時代に貯まって行ったお金だけで生活してきた。

 しかし、チェロの維持費等からだんだんと減っていった。

 その上収入など得られる訳も無かった。

 サードインパクトの余波が少なくなってきたとは言え、まだシンジに対する眼差しは良くなかった...

 
 
 やがて、シンジは病気によくかかる様になった。

 病に倒れ病院にも行かずに家で自分で何とかする、という方法を取ってきた。

 しかし、今回はいつもと違った。

 風邪だと思われたのが、いつもより酷く感じられた。

 おそらくシンジをいつも見ていた人ならこう答えただろう、

 
 『やつれてきた...』


 と。

 最近、シンジはまともに食事をしていなかった。

 きっと、其処からくる栄養失調が原因であろう。

 動ける状態でもないシンジ、頼れる人もいない。傍にいるのはレイだけだ。

 シンジは多分これで死ぬんだろうなと思った。

 だが、その前にどうしてもして置きたかった事があった。

 第3新東京市にいるアスカに手紙が送りたかったのだ。

 一度だけアスカに聞かせたバッハの無伴奏チェロ組曲の入ったSDATを届けたいのである。

 しかし、それを運ぶための手段が無い。

 そんな時だシンジの目に入ったのは。

 目の前にいたのはレイだった。

 シンジは悪いと思いながら目の前にいるレイに撫でてやりながら頼んだ。


 「…ゴメンね、僕もうダメみたいなんだ。

  正直に言って君といたこの2年は楽しかった。

  ありがとう。

  最後に僕からのお願いを聞いてくれるかい?」


 レイはシンジに向かって『にゃ〜ん』と鳴いた。

 
 「ありがとう聞いてくれるんだね。

  この手紙を第3新東京市にいるアスカの元に届けてほしいんだ。

  これには僕の彼女に対する想いが書いてあるんだ…

  だから頼んだよ…これを、彼女に…」


 シンジはレイの首にバンダナで包んだ手紙とSDATを巻いた。

 暫らくレイは首に巻かれたものが鬱陶しいのか取ろうとしていた。

 
 「ダメだよ、レイ。

  それは持っていってほしいんだよ…」


 レイはシンジのその言葉を理解したのか住み慣れた家を出て行こうとする。

 だが、居心地のいい場所など捨てれるわけが無い。

 再びシンジの所へと戻ってくる。


 「…お願いだ、レイ…

  早くそれを持って行ってくれ…」


 シンジは震える腕を伸ばしながらレイを行かせようとする。

 暫らくシンジを見ていたレイだったがその思いを断ち切り、

 与えられた使命を全うし様としているのか玄関へと走っていった。

 最後にシンジのほうを向いて一声鳴くと、

 夜闇の中へとその身を躍らせた。

 第2東京から第3東京までの距離を走るために…

 シンジの想いを届けるために…

   

 部屋に久しぶりの一人となったシンジはブツブツと呟いていた。

 
 「…レイ、頼んだよ。

  アスカ、ゴメンね。約束守れなくて…

  ……綾波、母さん、皆…もう直ぐ皆のところへ行くよ。

  待っててね…」


 シンジの頬を一筋の涙が流れる

 そして、シンジは息を引き取った。

 後に発見された時の話だが穏やかな笑顔を浮かべていたそうな。

 まるで幸せな人のように… 

 





 
 * * *










 暗い、闇ばかり広がる山道をレイは走っていた。

 時折周りの木々が風によりざわめく。

 そして先程から降り続いている雪が積もり始め、

 時折あまりの重さに木から落ちてくる事もあるようだ。

 とても不気味であった。


 だが、レイはそんな周りの風景など気にせずに走り続けていた。

 シンジが愛したアスカのいる第三新東京市へと...


 



 さて、ここで一つの疑問が浮かび上がってくる。

 何故レイはアスカが第三新東京市にいることが分かっているのだろうか。

 その訳はシンジにあった。

 シンジは毎晩寝る前になるとレイに話していたのだった。

 自分のこと、対使徒戦のこと、自分に接してくれた人の事等...

 そんな中でも一番話した事はアスカの事であった。

 何処に住んでいて、どんな出会いをして、そして性格や同居をしていた時のこと等を...

 
 レイは稀に見る賢い猫であった。

 シンジの言ったことをしっかりと理解し、

 同じ失敗は繰り返さないという珍しい猫であった。

 なのでレイはシンジの話を聴くだけで大体の場所を把握していたのだった。


 

 話が微妙に逸れてしまったが、レイはそういう事により第三新東京市へと向かっていた...


 レイはひたすら走っていた、自分の使命のために。

 しかし簡単に着ける場所ではない。

 たまに村や町の近くに行く事があるがそんな時は決まって

 「気持ち悪〜い」や「なんか、不吉な感じがしない?」、「きっと悪魔の使者だ!」等と言われ、

 罵声と一緒に石を投げられたり、近くの人間に蹴られたりする事もしばしばあった。

 
 しかし、レイはそんな事を気にしないかの様に走り続ける。

 初めて優しさ、愛情、温もりという温かい心を自分に向けてくれた人のため、

 そして何より名を与えて呼んでくれた人であったと言う事が一番大きかった。

 
 もしかすると、

 自分が今まで生きてきたのはこの為なのかも知れないと言う考えが出てくるのだった。

 
 「だから私は走っているんだ。」

 そう思えばどんなに罵声を浴びせられても諦めずに走り続ける事ができる、と...


 
 だが、例えその想いを支えに走っていてもいつかは体力の限界、というものが来てしまうものだ。

 レイもその例外ではなかった。

 ただでさえ小さい体であった為、体力もそれほど無い。

 それに加えて村や町で受けた暴行での怪我もあった。

 そして雪が積もっているため足が取られ始めたのだった。

 
 
 しかし、随分と長い間休み無しで走り続けていたために体力の限界を感じ始めてきた。

 
 ある時殆ど飲まず食わずで走っていたレイは雪道で倒れてしまった。

 周りに広がるのは枯れた木々と雪ばかりだ。

 こんな所では人なんて歩いてこないであろう...



 だが、神はレイを見捨ててはいなかった。

 たまたま狩りに来ていた老人がレイを見つけたのだった。

 
 「おや、変わった毛色の猫じゃな。
 
  しかし、様みるとまだ息をしておるようじゃ。

  こりゃ、家へ連れて行って婆さんに看てもらった方がいいかもな。」


 老人はレイを抱きかかえると自宅の方角へと足早に進んでいった。

 レイにとってはとても都合がいいことに丁度進行方向であった事も付け足しておこう。




 老人は家に着くと彼の妻にレイを見せてあげた。

 
 老人の家は今時珍しくログハウスみたいであった。

 周りの景色と綺麗に合っていた。

 
 老婆はレイを暖炉の前に持っていくと毛布を掛けてあげる。


 「じいさんや、この子は何処におったのかい?」

 「ちょっと山に入ったところにおったんじゃ、どうも何日も何も食べてないようじゃったからのぉ。」


 その話を聞いた老婆は早速家にあったミルクを温め始めた。

 暫らくすると老婆は温めたミルクをスプーンですくうとレイの口へと持って行く。

 しかしレイは半分気を失っているため飲む事はできない。

 老婆は何度もレイの口へとミルクを持っていった。
 
 何度もミルクを口に持っていくうちにレイは少しずつだがミルクを飲み始めた。

 そこで始めて老夫婦は気が楽になった。


 
 
 レイの意識が回復したのはそれから二日後だった。

 だが、意識は回復したのだが身体にはまだ幾つかの傷があるため満足に動く事ができない。

 そのためなのかレイはしっかりと目は開けているのに動こうとはしなかった。

 
 日が経つにつれて、レイの体の傷はどんどんと消えていった。

 しかし、傷か癒えていくのと共に、

 『早くこの手紙を届けなければ』

 という、想いも強くなっていく。

 レイは、ほぼ毎日部屋をウロウロとするか家を出る扉の前に座っているのだった。


 そんなレイを老夫婦は毎日見ていた。

 
 そしてある日。

 老婆のほうが決心をしたかのように話し出す...

 
 「じいさん、もしかするとこの子は何処かへ行く途中だったのかも知れないのぉ。」

 「ああ、きっとこの首に巻いてあるやつを届けるつもりなんじゃろ。」


 老人のほうがレイを撫でながら言う。


 正直な話、二人はレイをこれからずっと世話をしていきたかった。

 だが、毎日家の中をウロウロし、扉の前で座っているレイを見ると何故か心にグッと何かが込み上げて来るのだ。

 だから諦める、という言葉は違っているかもしれないがレイを行かせてやろうという気持ちになったのだ。

 
 老人は床に座っていたレイを抱きかかえると扉のほうへと歩いていく。

 そして扉を開けると、レイを雪の上へと置いた。

 
 レイは暫らくどうしたらよいのか分からなかった。

 故に老人の顔を見続けていた。

 
 「いいんじゃよ、行っても。

  目的があるんじゃろ。その首に巻いてある物を届けるために...」

 
 そして老婆も家から出てくる。


 「早くお行きなさい。あなたを待っている人がいるんでしょ。」

 
 レイは二人が何を言っているのかが解った。

 要するに行ってもいい、といっているのだ。

 しかしそれは同時に別れを意味する。

 
 レイは自分の使命を忘れる事はなかった。

 だから一声二人に向けて鳴くと白銀の世界へとその身を躍らせた。

 
 老夫婦は長いこと見送っていた。

 レイの姿が見えなくなえるまで。

 老婆のほうは涙を拭かずに見送り続けている。

 しかし2人は何も後悔をしていなかった。

 本来なら早い事そうするべきだったのだから...


 

 レイは、再び第三東京市へと走り出した。

 久しぶりに感じた愛情などが凄く身に染みているのがよく分かる。

 どうやら気分よく走って行けそうだった...



 
 
 
 
 第三新東京市の郊外を一人の少女が歩いていた。

 赤みがかった金髪に、ヘッドセットを着けているようだ。

 瞳はどうやら蒼眼、といえるであろう。

 名を、惣流=アスカ=ラングレーといった。

 
 アスカは先ほど親友である洞木ヒカリと別れ家路についていた。

 彼女はシンジがいなくなってからという物の一時期かなり荒れていた。

 しかし、現在の同居人の伊吹マヤ等のカウンセリングによりだいぶ落ち着きを取り戻した。

 だが、アスカはシンジの事を一時も忘れた事はなかった。

 どんなに紹介されても、告白されてもいつも

 『好きな人いるから...』

 で通してきた。

 しかしシンジと会えるのは何時になるかは分からない。

 いや、もしかすると一生逢えないかも知れない。

 そんな寂しさを胸に抱えていつも生活してきた。  


もう直ぐコンフォート17に着こうかとした時、

 アスカは一人の人影を見たような気がした。

 それはかつて戦友であった人だった。

 
 「ファ、ファースト...?」

 
 しかし、それは一瞬の幻だったのか直ぐに消えてしまった。

 いや、幻ではない、ただの幻覚であろう。

 そう思いながら部屋へと向かう。

 
 アスカは以前住んでいたところと全く同じと頃に住んでいた。

 遷都したとはいえまだまだ郊外のほうは人が少なかった。

 だからいつもだったら家の前になど何もいなかった。

 
 しかしこの日は違った。

 見慣れぬ毛色をした猫が倒れていたのだから。

 
 アスカはその毛色を確認したとき背中に寒気が走った。

 あの、綾波レイの髪と同じ色をしていたのだ。


 じゃあさっき見たのは...この子なの!?
 

 だが冷静になって考えてみるとそんな事があるわけがない。

 とりあえず家の前に横たわってもらうのもこちらとしては迷惑だったために一旦家に入れようと持ち上げた時だ。

 何か違和感を感じる。
 
 そう思って呼吸があるかどうか確かめてみる。

 無い...

 心音は...

 これも無い...

 だが不思議と身体は冷たくなかった...


 暫らく呆然としていたアスカだったが、猫の首に巻かれているものを見てはっと思った。

 それは、かつてシンジに頼んで作ってもらっていた弁当を包んでいたバンダナと同じだったのだ。

 アスカは直感的にこれはシンジが私に渡したかったものだと判断した。

 
 バンダナの中にはSDATと手紙が入っていた。

 手紙には几帳面に

 『惣流=アスカ=ラングレー様へ』

 と書かれている。

 アスカはそれを見て顔を紅く染めるが手紙を読もうとはせずに先ずSDATを聞いてみる事にしてみた。

 中に入っていたのは...

 シンジがチェロで弾いた、バッハの無伴奏チェロ組曲。

 一回だけアスカに聞かせた事のある曲だった。

 
 アスカは涙を流しながらそれを聞いていた...

 そして曲を流したまま手紙を読み出す。

 だが、段々と読んでいくとアスカの表情は青ざめていくのだった。

 その内容はこうだ


 『やあ、久しぶりアスカ。

  この手紙を読んでいるって事はレイは無事の君の元へと着いたんだね。

  あ、レイって言うのは青い毛の色をした猫の事だから。

 
  アスカと別れてもう2年も経ってしまったね。

  もしかして僕の事なんか忘れていた?

  覚えておいてくれたら...嬉しいな。

  

  結局僕は何も成長する事も無かったよ。

  要するに馬鹿シンジのままだったってことさ。』

  

 そんな事から手紙は始まっていた。

 その後にはシンジが2年間してきたこと、されてきた事。

 2年間の悲惨な生活の様子。

 レイとの出会い。

 そのような事が書かれていた。

 
 だがこの後の話にアスカの心は耐え切れなかった。


 『...でも、もうアスカに逢えないと思うんだ。

  僕の寿命はもうそろそろ終わると思う。

  さすがに何も収入も無くやって行く事には無理があったようだね。

  だからこの手紙に書いておくよ。

 
  アスカ、僕は今でも君の事が好きだから。

  
  例え君に彼氏がいようともこれだけは言って置きたかった。

  
  君と一年はとても良い一年だったよ。

  本当はもっと一緒にいたかったけど僕には無理みたいなんだ。

  
  僕の体力ももう持たない。

  だからお別れだ、アスカ。

  
  もう一度君の笑顔を見てから死にたかったよ...

  さようなら...

  これからの君に幸あらんことを...』


 手紙はこれで終わっていた。
  
 アスカは暫らく呆然としていたが直ぐに携帯を手に取ると短縮ボタンを押してとある一人に電話をした。

 
 トゥルルル、トゥルルル...

  
 コール音がやけに長く感じる。

 
 「はい、伊吹ですが...」

 
 アスカが電話をしたのはネルフに出勤しているマヤであったようだ。

 
 「マヤ!? 今すぐ調べてほしい事があるの!」

 「ちょ、ちょっとアスカちゃん、落ち着いて。ちゃんと調べてあげるから。」

 「お、落ち着けですってぇ!

  シンジが、シンジが死んでるかもしれないって言うのに!」


 ただならぬアスカの声と今聞いてしまったシンジの現状。

 今現在スーパーコンピューターMAGIの責任者は彼女だが、

 アスカが言った事を理解するには時間が掛かった。


 「死んでるかもしれない...? シンジ君が...

  どういうことなの!? 何であなたがそんな事知ってるの!?」

 「なんだか分からないけど、シンジが飼っていたと思うファーストそっくりの猫が家に届けに...」


 そこまで言うとアスカは一つの存在を思い出した。

 第ニ東京市から此処までシンジの手紙を持ってきてくれたレイの事だ。

 
 「ごめん! 今からその猫連れてそっちに行くから。とにかくシンジがどうなったか調べておいて!」

 「わ、分かったわ...」


 アスカはレイを抱きかかえるとすぐにNERV行きのリニアへと向かった。

 幸いにもリニアには人がいなかったため、レイの事は気にせずに乗る事ができた。


 正直言ってアスカは焦っていた。

 急に来たシンジからの手紙。
 
 それを運んできたレイに似ている猫。

 そしてシンジの手紙の内容。

 何か本当に悪い予感がして仕方がないのだった。




 「マヤ! 何か解った!?」

 
 アスカがNERVに着いたなり最初に発した言葉はこれであった。

 
 「ま、まだ何も分からないけど、諜報部の調査によればここの所シンジ君の姿を見た人はいないって...」
 
 「...シンジ。」

 
 アスカはそれだけ呟くと床へと座り込んでしまった。


 「だ、大丈夫?」

 「分からないわ、取り敢えずこの子もお願い、さっき言ってた猫よ。」

 「...本当だね、レイちゃんそっくり...」


 マヤはアスカからレイを受け取ると撫で始めた。

 だが反応は無い。


 「ね、変でしょ。呼吸もしてなければ、心臓の音もしない。

  でも姿だけ見ると生きてるみたい...」
 
 「そうだね...」


 だが二人はこれ以上話す事は無かった。
 
 
 「アスカちゃん...もう夜も遅いわ、仮眠室用意しておくから寝てきたら...」

 「うん...分かった...シンジの事お願いね。」

 「何か分かったらすぐに知らせるから...」
  
  
 アスカはマヤと別れると与えられた仮眠室へと向かっていった。

 改めて気づかされた自分のシンジへの気持ち。

 どれだけ心の支えになっていたかという重大さ。

 
 アスカはずっと考えていた、

 もしかしてシンジが本当に死んでいたら、
 
 死んでなくても何かとんでもない状態に陥ってないか等と...   
 
 何を考えても良い方向のベクトルにはならず、

 マイナス思考としかならない。

 やがて、アスカは考える事に疲れ、眠りに着いた...

 

 アスカは寝ているときに夢を見ていた。

 シンジが死んで自分さえも死に誘おうとする夢。

 そんな夢の何度も見てしまい、うなされながらも眠ろうと必死であった。

 


 そして次の日。

 シンジの遺体がアスカの目の前へとやって来た。


 実はシンジの遺体が発見されたのは夜遅く、アスカが夢でうなされていたときであった。

 マヤはその光景をモニターで何度も見ていたのでこの時に教えたら多分そのままの勢いで自殺する恐れもあるかもしれない。

 と思い、朝起きてここに着たら教えることにしていたのだ。


 シンジの遺体は不思議なことに死後何日、或いは何週間と経っているかもしれないのに腐っていなかった。

 まるでシンジの手紙を運んできたレイの様に生きている様に見えるのだ。

 アスカはそれを見たとき初めは涙も出なかった、ただシンジにしがみ付き、

 「ねぇ、嘘でしょ...ほら、アスカって、前の様に呼んでよ!

  ねぇ、シンジ...シンジ...

  うっ、うっ...ウワァァァァァン!!

  シンジ、シンジィ...何で、何でこうなったのよぅ。何で...」

 と言い泣き続けた。

 最後には『何で...』とばかり呟きながら。

    

 マヤを始めとするNERVの社員は何も言えなかった。

 ただシンジが此処から離れるときに止めようとした社員の殆どは涙を流して泣いていた。

 そして誰も言葉を発する事も無くシンジの遺体はセントラルドグマへと持っていかれる事になった。

  
 アスカの状態はと言うと未だにブツブツと呟き続けている。

 マヤが恐れていた事がついに起こってしまった。

 
 ようやく元の飛鳥に戻ってきた頃であったのに

 シンジの死、と言う悲惨な結果がアスカの身に降り注いだのである。

 アスカの心を繋ぎ止めていた唯一の絆、碇 シンジ。   

 それがついに消え去ってしまった。


 アスカの心が再び崩壊する可能性が出てくるとすればこれが一番であろう、とマヤは予測していたのであった。

 だから、そんな心配も含めてマヤはアスカをNERV内の病院へと運んだ。

 如何なる場合も対処できるようにと...


 

 しかし、マヤのそんな配慮も空しくアスカは次の日に自殺をした。

 何故か棚の中に入っていた果物ナイフで手首を切ったアスカが次の朝、見回りに来た看護婦によって発見された。

 壁には先に指を切って書いたのか

 赤い血に塗られた字、しかもドイツ語でこう書かれていた。


Zum Ursprung von SHINJI...』(シンジの元へ...)と。




   


BACK NEXT TOP

-Powered by 小説HTMLの小人さん-

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送