逃げた先、迎える者

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第三話







 リツコの中の緊張が消えていく。


 緊張を何処かへと追いやるのは夜の乾いた風。


 合わせる様に揺らめくカーテン。


 少しだけ開いている窓。


 そこから差し込むは月の光。


 その光が照らすのは……


 一匹の猫と、一人の少年の姿であった……















 思わず見惚れてしまった。

 その姿は何処か幻想的で、触れたら何処かの空間へと消えてしまいそうである。

 息も出来ない。

 ただの、何処にでもいそうな少年なのに……

 自分の勤めている学校の生徒の一人でありそうなのに……

 何故か彼らとは雰囲気が違う。

 寝ている……

 確かに眠っているだけなのだ。

 きちんと存在しているのを脳は認めているのに、

 心のどこかは消えてしまいそうだと思っている。


 不思議な感覚。

 心がなんだか浮いているみたい……


 一歩、また一歩と寝ている彼らの傍へとリツコは近づいていく。

 ベッドの横に立つと、恐る恐る少年の頬に手を伸ばす。


 「ん…………」

 「……っ!?」


 頬に触れた瞬間、少年が声を上げた。

 リツコは思わず手を退いてしまう。 

 何故声を上げたのかはわからないが、それとは関係無しにリツコは罪悪感を感じていた。

 

 思っていた以上に、この眠りは深いようね。

 ならこのまま寝かしておいたほうがいいのかしら……
 

 でも、せっかく夕飯を準備したのに……



 起こそうか、起こさないかでの葛藤に悩む。

 しかし彼も、夕飯を食べていない。

 ここで食べないと明日の朝まで何も食べれない事になってしまう。

 大体がまだ彼が何者なのか、詳しいことは何一つ聞いていない。

 何処かで野良猫を拾ってきたのと同じなのだ。


 穏やかな表情でリツコはシンジを見つめる。

 手はシンジの頭へと。

 自然にシンジの頭を撫でていた。

 その姿はまるで母親が息子にやる行為の様にも見えるのだった……









 幾分経っただろうか。

 リツコは飽きることもなくシンジの頭を撫で続けていた。

 何も考えず、ただ撫でていた。
 
 
 しかしこのままやり続けていると本当に作った夕飯が無駄になってしまう。

 どうせなら食べてもらいたいという気持ちがリツコにはあった。

 こんなグッスリと眠っているシンジを無理やり起こすのは少し気が退けるのだが、

 時間が時間でもあるので起こすことにする。


 「シ、シンジ君…… 起きて……」


 リツコは両手をシンジの体に添えて、大きく揺らしながら声を掛ける。

 しかしどれだけ眠りが深いのか、起きる気配を見せない。

 時折うめき声のようなものを発しはするが、覚醒には至っていない。

 
 「シンジ君、起きなさい」

 
 先程とは違いリツコは少しきつい口調で言う。

 その光景はなかなか起きない息子に対し、母親がいらついているような光景にも見える。

 
 「シンジ君!」


 リツコが意を決して腕を振り上げたその瞬間だ。

シンジが急に身を起こしたのだ。 

 その結果……


 ゴチッ!


 「痛っ!」「あぁ、シンジ君!」


 シンジ、再び眠りに就いたのだった。














 「リツコさん、まだ痛いんですけど……」

 「ゴ、ゴメンネ」


シンジも無事起きたのでリツコは夕飯が出来た事を伝えた。

 時折シンジは起こし方に文句を言っているのだ。

 上の台詞もその一部分。

 シンジにとっては頭にコブが出来たのでは、というぐらいの痛みだけれども、幸いそんな物は出来なかった。

 それでもなかなか痛みは引かない物だ。

 
 二人は揃ってリビングへと戻るとそのままテーブルの備え付けられている椅子に座る。

 テーブルの上にはリツコが久しぶりに腕を振るった料理の数々が。

 どうやら洋食よりも和食の割合の方が多い様。


 『いただきます』


 二人の声が合ったように発せられる。

 シンジはとりあえず箸を手に近くにあったお味噌汁の入ったお椀を手に取る。

 その様子をリツコはじっと見つめている。

 久しぶりの料理なので腕が鈍っていないか心配なのだ。

 一応リツコ自身味見をしてみたが、その味付けがシンジに合うかどうかは別物。

 少しばかり緊張が走る。


 ……

 …………

 ………………


 シンジは味噌汁を啜ってから時間が経つのに、その時の状態で固まっている。

 正確にいうならば数秒程度なんだが。

 それでもリツコにとっては数十分も待っているような感覚である。

 一体シンジの口に合ったのだろうか……


 「……美味しい………… 美味しいですよ、リツコさん!」


 溢れんばかりの笑みを浮かべて。

 その表情がいかにリツコの作った味噌汁が美味しいのかを物語っている。

 緊張の糸が解け安堵の息をリツコは吐く。

 シンジの箸の進むスピードが上がっていくのを見たリツコは、ようやく安心することが出来たので自分も作った料理に手を伸ばす。


 それにしてもシンジにとって自分以外が作った家庭料理というのは何時振りになるのだろうか。

 基本的にここに来る前の生活、葛城家での生活はシンジが食事の当番だった。

 それに伴い誰かが作った料理は口にしていないかもしれない。

 
 ……ミサトの地獄カレー、インスタント、スーパーの惣菜を除いてだ。


誰かに料理を作ってもらえる、という安堵感と僅かな幸せがシンジの心(なか)に広がっていった。

 確かに人が食べれないような料理が出してもらえなかったという記憶しかないとそんな気持ちが広がるのも無理はない。


 それは置いといて、二人だけの夕食は和やかな雰囲気を残して終えたのだった。

 夕食も終えて、リツコは気になる事、今後についての話しを切り出す。


 「それで、これからシンジ君はどうするのかしら?

  一応まだ中学生という身分なのだから、学校に通うと言う事でいいのかしら」

 
 リツコ自身が勤めている学校に転入させようと言う事だろう。

 というかこの付近にそれ以外の中学校はないのだが……

 しかしシンジがその問いに対して返した答えはリツコの予想の範疇を越えていたであった。


 「あの…… 出来ることならば僕、働きたいんです」


 一瞬、リツコはシンジが何を言ったのか理解することができなかった。

 なぜならシンジはまだ中学生という身分だ。

 それなのにも関わらずこの少年は働きたいと言ったのだ。

 今時中学生で新聞配達のアルバイトをしているというのも珍しいのに、学校に通わず働こうというのはどういう了見だろうか。 


 「そ、それは学校には行きたくないっていうことなの?」

 
 働くから学校には行かない。

 と、いうことも可能だが、一応まだ義務教育という制度はあるのでシンジには中学校に通う義務がある。

 通いながら働くのか、それとも学校へは行かないのか、それだけでも確認がリツコはしたかった。


 「出来れば学校へは行きたくないです」


 シンジのはっきりとした決意。

 確かに何かしらの想いがこの言葉に込められているようだった。


 正直な話し、シンジは別に学校に行きたくないからこんなことを言っているのではなかった。

 ただ見知らぬ人が多い学校へは行きたくなかったのだ。

 シンジは幼い頃からの影響か、本来はあまり人と自分から接するタイプではなかった。

 あの場所ではシンジ自身からではなく、相手のほうからシンジに近づいてくるほうが多かった。

 ここはもう知っている場所ではない。

 たまたま引き取られた場所は見知った人の家だったけれども、偶然が何度も続くはずがない。

 それに……  や   がに出会ってしまったら。

 何故かこの世界にもリツコはいた。

 だったらあの二人がここにいても別におかしくはない。

  
 そんな心配がシンジにはあるのだ。

 行って見ればそんな心配も杞憂で終るかもしれない。

 その一歩がシンジには遠いのだ。


 「そう…… わかったわ。 でもシンジ君、あなたには学校へと通ってもらいます。
  あなたは一応学生という身分なのだから、勉強できるときにしっかり勉強しなさい、いいね?
  働ける環境については私に心当たりが数軒あるから、頼んでみるわ……」


 悲しそうな表情を浮かべるシンジに、リツコは胸を締め付けられるような思いを感じながらはっきりと告げる。

 小さな声で、シンジがはいと答えるのを聞くとリツコは席を立ったのだった。

 
 何だったのだろうか、今までせっかくほのぼのといい雰囲気だったのに、急に壊れてしまったようだ。

 空気が冷め、まるで音のない世界だった。

 TVは点いているのに音は全く届いてこない、二人だけの世界のようであった……


 リツコはリビングの扉を静かに閉めた。
 
 暗闇の中へと消えていく、自分の家の廊下が、どこか恐ろしいものに感じるのだった……
 




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 後書き

 なんじゃこりゃ、って言うのが正直な感想です。

 はい、ゴ〜ヤです。

 最後のほう、何書いていってるのか自分でもわからなくなり妙な具合に暗くなってしまいました。

 反省です。

 早いうちにシリアスな空気からほのぼのへと切り替えて行きたいものです。

 では、今回はこの辺で……



 

 


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